「もうここ、出ようぜ」

親子3人が生活するには狭い6畳の部屋。
俺はそう切り出した。

「……」
兄貴は何も言わなかった。
それはきっと俺と同じ思いだからだ。

「なあ、聞いてんのかよ。
このままじゃいつか殺されてもおかしくないぜ」

おふくろは正座したまま、うつむいていた。

小さかった。
こんなに小さかったかな、と思うほどに。

「母さん…ここを出てもきっと何とかなるよ。
俺がひとまず大学に休学届を出して、働く。
生活を立て直そう…」
兄貴が静かに言う。

「……」

「辞めるわけじゃないから、いいだろ?
落ち着いたら必ず復学する」

兄貴にここまで言わせておいて
何も言わないおふくろに俺は苛立った。

「何とか言えよ!」

思わず拳で畳を殴る。

あいつを殴った手だ。
じん…と痛みが走る。

「亮二が…」
消え入りそうなおふくろの声だった。

「…あ?俺が?」

「高校を卒業したら…ここを出る。
せめて高校は卒業しなきゃ…」

俺は天を仰いだ。

何を考えてるんだ。
あと1年半もある。

その時わかったんだ。

おふくろも取り憑かれている。
親父の影に。
だからここまで頑なになるのだ。

俺がいる限り、おふくろも、親戚たちも
親父の影からは逃れられない。

だったら、何を言っても無駄だ。

おふくろは、俺の中に
親父を見ている…

そして親父の遺した期待に応えようとしている。


俺は溜息混じりに答えた。

「…わかったよ」