その夜は蒸し暑かった。
兄貴とふたりで門扉にもたれかかった。
「余計なこと言うから、おまえまで外に出されただろ。黙ってればよかったんだ」
「んなこと言ってもよぉ」
「…腕、大丈夫か?」
「…おお」
「ごめんな、亮二」
「……」
照れくさくて、何て返せばいいのかわからなかった。
「くそっ、痒いな。親父のやつ、蚊取り線香くらい持たせてくれればよかったのによ」
俺がごまかすようにそう言うと、
兄貴も「そうだな」と笑った。
それからすぐに親父は死んだ。
揺らめくクラゲを見ていると、そんなことを思い出す。
「新明くんのお兄さん、弟想いなんだね」
とあの声が背後から俺を包む。
「さあな、ヤクザになったやつのことなんて、早く忘れたいだろうよ」
俺は水槽越しに、クラゲを指で追った。
「そうかな…そんなふうに思ってたら、お母さんのこと伝えにわざわざあなたのところまで来てないと思う」
慰めはいらねぇよ…
「おふくろの実家には居場所がなくて、肩身の狭い思いをしたよ。
たまらず俺は兄貴とおふくろを置いて逃げた」
そう、俺は逃げた。
親父の幻影から。
みんなが俺を見るたびに、親父を思い出した。
それに縛られ続けたおふくろ。
憐れで、見ていられなくて…
俺は逃げた。


