■真帆side■
「気をつけてね。行けなくてごめん。」
「大丈夫だって。行ってきます。」
謝る母に笑いかけてから、あたしは玄関を出る。
空は晴天。見上げれば桜は咲いているものの、4月の初めだ。朝の空気は、まだ春と呼ぶには早すぎる気がした。
軽い深呼吸をして、まだ新しいかばんの中からスケジュール帳を取り出す。
今日の日付を確認すれば、【高校・入学式】の下に並ぶ【唯人・誕生日】の文字があった。自分で書いたんだから当たり前なんだけど、なんだか嬉しい気持ちになる。
一か月前から、プレゼントはあたしの中でちゃんと決まっていた。渡した時のことを思い浮かべるだけで、口元が緩む。
こんなにワクワクする日は、一年間でもこの日だけ。
少し歩調を速めながら、あたしは隣のマンションに足を進めた。
茶色くて地味なあたしの住むマンションに比べて、紫色をしたこのマンションは結構目立つ。部屋のつくりはそんなに違わないけど、紫色のこのマンションの方が1部屋多かった。
このマンションはオートロックだから、そこもあたしの住んでいるマンションとは違うところだ。あたしは入ってすぐ『203』のボタンを押した。
『…はい』
ボタンを押せば、すぐに声は返ってきた。
「誕生日おめでとう」
そう言えば、
『…真帆?』
と予想通りの返事がきて、あたしは笑う。
「ふふっ、宅急便ですよ?」
唯人はいつだって優しいから。

