母はそう言いながら、クスリと小さく笑った。
俺は、なにも返事をしなかった。
母のつけてる香水が、甘いにおいをプンプンと漂わせている。
お世辞にも好きとは言えないその臭いに、吐き気がした。
「もう、行く」
少し時間は早いけど、この臭いをこれ以上嗅いでいたくなかったから。
「そう。行ってらっしゃい」
母はやっぱり、鏡を見たままそう言った。
ギギィ
玄関の扉が、サビついた音を立てる。
この音を聞くのは、いつぶりだろうか。
外は、なんとなく曇る気持ちとは裏腹に晴天だった。
通勤・通学をするのであろう人たちが、たくさん歩いている道を自分も歩く。
なんだか不思議な気分だ。
この人たちは一体、何を思って会社や学校へと向かっているのか。
やっぱり、行きたくないものなのか。
なにか楽しみでもあるのだろうか。
大きな欠伸をこぼしながら、そんなことを考える。

