そして気づいたら、櫂の名前を呼んでいた。
これが始まりだけれど、たぶんこれで、最後。
「どうしたんだ?」
声をかけたものの、黙り込んでしまったらしくない沙奈に、櫂は首を傾げた。もうちょっと気の利いた言葉をかけられないのかなぁ…そんなことを思って、沙奈はクスクスと笑い、櫂はますますいぶかしげな顔をする。
櫂の友達は気を使ったつもりなのか、すでにふたりから離れていたが、遠巻きにまじまじと見ているのがまだまだ子供だ。でもあまり気にすることはない。周りはそんな生徒たちで溢れているんだから。
「この前は楽しんでた? みんなで卒業旅行」
「ん? ああ。まぁな」
「ほんとに? 末里くんあんまり笑ってなかった」
「悪かったな。この顔は生まれつきなんだ」
「そう。楽しかったならいいんだ」
「…藤沢は?」
「わたし?」
櫂はちょっとそわそわしている──そんな気がする。この状況でそわそわしてもらえないんだとしたら、まるっきり望みなんてなかったよね、と、沙奈はそんなことを思った。それでも他の男子と比べたら、ぜんぜん足りないけれど。
「わたしは、嬉しかった」
「嬉しかった?」
「そ。末里くんと一緒にいけたから」
「え? …そう」
あの末里櫂が、ばつの悪そうな顔になった。それがたまらなくおかしい。
もしかしたら、今のわたしはすごくインパクトあるのかもしれない。だから彼の思い出の中に、残ることができるかもしれない。
そうか。
ようやくわかった。
わたしが今、ここにいる理由。
無意識に視線が追っていたわけ。
それはせめて、思い出の中にいたかったから。
高校の卒業式を思いだしたとき、その光景の中に、藤沢沙奈という少女を、一緒に思い浮かべてほしかったから。
「ねぇ、そのボタン」
沙奈は細い人差し指で、櫂の第二ボタンを指さした。
「先約、ある?」
「いや、別に…」
