加菜子は暖かくて小さかった。微かな泣き声と、加菜子の胸の鼓動が聞こえる。櫂は少しだけ腕に力を入れる。加菜子の香りを全身で感じた。加菜子の細い腕も、まるで櫂の体を欲するかのように強く櫂をいだいていた。
「……わたし……櫂が好きだよ……」
その言葉の意味が姉としてなのか女としてなのか──
──その真意を聞くことは、櫂にはできなかった。
こうして、櫂の一人暮らしはたった一ヶ月で幕を閉じる。
母親は「こうなると思っていたのよ」と、まるで勝ち誇るかのようにいうと再びイギリスに戻っていった。もしかしたらあの親どもは、自分の本心をすべて見抜いてしまっているのでは──と思うと櫂は薄ら寒くなる。その上で櫂の好きにさせてくれているというのなら、それは自由というよりただの無関心だな、とため息をついた。
epilogue.
「よし。こんなもんかな?」
三角巾をするりと取ると加菜子は大きく伸びをした。
「まぁ一ヶ月しか使わなかった部屋だしね。そんなに汚れてもないから敷金もぜんぶ戻ってきそうだよね」
今日は引っ越しの後始末をしに、つまり掃除に櫂の部屋にきていた。加菜子とふたりで。
あの夜から櫂は自宅に戻ることになるのだが、次の日の加菜子は、めめしく泣いていたその姿からは想像もできないほどいつも通りに戻っていた。
いつものように間抜けなことをやって普段通りをとんまなこという、明るさだけが取り柄の姉に。もしかしたら加菜子のほうがよっぽどタヌキなんじゃないのか──と櫂はあきれて物もいえなかった。
櫂の部屋にはもう何もなかった。固定電話も引いていなかったし冷蔵庫などの家電もまだ購入前だったので引っ越しといっても荷物はほとんどなかった。ちょっと長めの旅行といえなくもない。出費は膨大だったが。
「さってとー。この部屋もいろいろあったけど、まぁなんだかんだいっても楽しかったね! 枕投げとかもしちゃったし!」
