「たかがバイトでも仕事は仕事。たかがバイトなのに、あそこまでやろうとしている櫂くんがすごいと思った」
美和の顔は、とても楽しそうな笑顔だった。櫂のことをいっているだけなのに。彼女は嬉しそうだった。
「それがきっかけね。恋って、かかっちゃうとあとはどんどん気持ちが膨らむだけだと思わない? 魔法のように。わかっていても止められない。理由なんてほとんどないのよ」
「さぁ……どうだかな」
櫂は立ちあがる。昨日から頭のだるさが抜けないので今日はもう帰ることにした。「じゃあな」とだけ美和に告げると櫂は歩き出す。講堂を出る直前、美和に呼ばれる。
「櫂くん!」
櫂が振り返る。
「わたしはあなたのこと──大好きだからね!」
美和は、拳を握りしめて力強くそういった。
その強さを持てることが櫂には羨ましかった。櫂は、強く想えば想うほど加菜子を苦しめるだけだから。
「ありがとう」
櫂の言葉が、広い講堂の中で美和に届いたかはわからなかった。
しかし櫂はそれ以上何もいわないまま講堂をあとにした。
last number.
目が覚めると櫂の部屋は真っ暗になっていた。
立てつけの悪くなった窓からは星空が見える。大学から帰ってきて、眠り、気がつくと夜になっていた。部屋には誰もいない。昨日までならこの時分には加菜子がやってきておしゃべりでもしていただろう。でも今は本当に誰もいない。櫂ひとりだ。
今は加菜子に電話をする気にはなれなかった。だが美和との事の顛末は伝えておかなければならないだろう。だから櫂は携帯でメールを送った。たった一文だけ。『ヨリは戻ったから安心してくれ』──と。
思えば、いつも加菜子と一緒にいた。どこにでもうるさい加菜子がいた。だからなのかもしれない。ここで生活するという実感がまるで伴わなかった。まるで夢の中にでもいるかのように。
加菜子からの返信はすぐにきた。
美和ちゃんの誤解が解けて本当に良かったです! これからは彼女を大切にしてあげてね──メールにはそんなことが書かれていた。
