「人の気も知らないで……」
櫂は、もう何度も読み返した加菜子の手紙を再びバッグの中にしまう。背もたれに大きく体重をかけて講堂の天井を仰いだ。大講堂内は静まり返っている。学生は誰もいなかった。今日の講義は出席にうるさい講師だったが もはやどうでもよかった。
「このシスコン男。講義にも出ないで何しているのよ」
降って湧いたようにその声は聞こえてきた。少し視線を動かすと美和の顔があった。
「鼻毛が見える」
「な!?」
いきなりの台詞に美和は鼻を押さえた。櫂はこともなげに起きあがる。
「嘘だよ」
「なんてデリカシーのなさなの!?」
「オレから一本取ろうなんて思うからだ。十年早い」
櫂は美和を見た。
「だいたい、なんでおまえがこの大学にいるんだ?」
「昨日あなたが追ってきてくれなかったからよ」
「なんで追わなくちゃいけないんだよ」
「すぐそうやって冷たいこというから、もうやめます」
「オレを好きでいることをか?」
「違います! 櫂くんを挑発することをよ!」
美和は憤然としながらも櫂の隣に腰をおろした。
「……それで、昨日はわたしをほったらかして一体何をやっていたのかしらねー」
「挑発しているだろうが」
「はぐらかさないでよ!」
美和の、泣き声とも感じられる声が講堂内いっぱいに響いた。
ふと櫂は思った。彼女は普段から年上ぶって大人びた仕草するけれども、実はすごく子供っぽくて、そして臆病なのだと。
櫂に告白した時だって顔は真っ赤だったし声も体も震えていた。そして今も。
