「別れても、好きでいていいですか…?」

なんでまた突然一人暮らしなんて始めるの? ──昨日、母親に国際電話をかけた時にいわれた台詞だった。

『あなたが加菜子と一緒に暮らしてくれると思っていたから わたしたちは安心してこっちにいられるんだけど』

「あのな。加菜子だってもう社会人なんだ。自分の身くらい自分で養っていけるだろう?」

『けどねぇ。あの子はほら……昔からぽーっとしているところがあるじゃない? 何かと心配で』

「そんな心配な娘をオレに押しつけるなよ」

『でもあなたたち昔から仲良かったじゃない』

「それとこれとは別だ」

『何? もしかしてケンカでもしたの?』

「ケンカしたくらいで、わざわざ一人暮らしなんかするかよ」

『ならどうして──』

「一度してみたかったんだよ。それだけだ」

 櫂が家を出るのなら わたしは帰国しなくちゃいけないわね──母親はそんなことを呟いて電話を切った。

 夏季休業も終わりにさしかかろうかという時分に櫂は部屋を探し始めた。一人暮らしをするための資金は結構なものになるが、こんな時を見越して櫂はお金を貯めていた。

 突然思い立ったわけではなかった。ただ、きっかけがつかめないだけだった。

 あきらめるというきっかけが。

「おはよ。櫂くん」

「ん……樫木? どうしたんだこんな朝早く。それにおまえ、今日はシフト入ってなかったんじゃなかったのか?」

「うん。ちょっと忘れ物してね。取りにきたの」

 バイト先の調理場で仕込みをしていると樫木美和が入ってきた。

櫂は調理担当だった。調理担当はホール担当より朝早く出ることになっている。なのでホールはまだ窓から外光が差し込むだけで薄暗く誰もいない。

「ところで櫂くん。どうして一人暮らしをすることにしたわけ?」

「なんだ。もう知っているのか?」

「まぁね。それでなんで?」

「おまえのせいだろうが」

「え……? わたし何かしたっけ?」

「冗談だよ」

 美和は首を傾げている。肩の辺りで切りそろえられた栗色の髪がしっとりと揺れた。

「さては。お姉さんとケンカでもしたんでしょう?」

「あいにく仲が良すぎるくらいだよ」

「だと思った」

「え?」

「だから家を出るんでしょ」