何があったと理解する間もなく。


「あなたっ!」


押された。


押したのは妻であろう。倒れる前に目が捉える。


スローモーションのようだった。


魔物が、手が、妻に、妻の、腹に、ぐしゅ、つら、ぬいて。


「人間めえぇ!」



あげられた声で初めて時が正常に動いた気がした。


背中から床に倒れ込む夫。体をあげず、首だけを、ぎちぎちと機械のようにあげた。


倒れ込んだモノ二つ。


片や、何も言わず。
片や、口を開けて。


「隊長、責務、を、はたし、ました……。いま、そち、ら……へ……」


闇に呑まれるような声を出して、絶命した。


「………………」


どれぐらいそうしただろう。


瞬きを忘れた眼球で一点だけを見つめる。