君ニ恋シテル


* * *


静かだわ…。

人が全くいないホテルの敷地内。
もう遅い時間だし、当たり前と言えば当たり前なのだけど…。

ファンの子達に見られたらどうしようなんて、余計な心配だったかしら。

緑と色鮮やかな花々。
噴水の音が静かに耳に響く。
まるで不思議の国に迷い込んだよう。
そんな錯覚を覚えるほど、ここはとても素敵な空間。


チラリと横を見ると、ずっと憧れていた大好きな人…。

頬が、熱い…。
本当に私は今、徹平くんと並んで歩いているのよね…?

ふわふわして、全然実感がわかない。
夢を見ているみたいだわ…。


「静かだね」

「えっ、ええ…そうね」

上手く話せない…。


「百合香ちゃん見て。星が綺麗だよ」

星…?
俯きがちだった顔をゆっくりと上げ、空を見上げる。


「…綺麗」

思わずポツリと言葉がこぼれた。


「ねっ」

ニコリと笑う徹平くんと、ばっちり目が合う。


…っ。
その笑顔があまりにも素敵で、恥ずかしくてすぐに視線をそらしてしまった。

こんなに綺麗な星空にも気付かないくらい、緊張してるなんて…。

もう一度、そっと空を見上げる。
ほんとに、綺麗ね…。


…と、突然前方から人の気配を感じた。
きゃははとはしゃぐ女子数人の笑い声が耳に入る。

もしや…ファンの子達?

ヤバイわ…!
こんなところを見られでもしたら大変なことになってしまう…!

どうしよう…どうしたら。


「百合香ちゃん、こっち!」

えっ…?
次の瞬間、徹平くんにぐいっと手を引っ張られた。


…!?


手っ、手…!!
今にも叫び出しそうなのを堪えながら、そのまま手を引かれ歩く。

私、今徹平くんと手を繋いでいるの…?
ほんとに…ほんと?
これは現実?

体中が、燃えるように熱い…。
こんなことが現実に起こるなんて。
胸が、苦しい…。


しばらく歩くと、さっきのグループの声は聞こえなくなった。


「…ここまで来ればもう大丈夫かな」

「え、ええ。そうね」

「ごめんね、急に手引っ張っちゃって」

そう言うと、徹平くんの手がぱっと離れた。


さっきまでの温もりが、一瞬で消え去る。
夏の夜風が、指の隙間を寂しく通り抜けた。

…ふと、夏祭りを思い出す。
ゆうにゃんと手を繋いでいる時は、ずっと繋いでいたのに、私の手はすぐ離すのね…。


………。


「百合香ちゃん」

…っ。
名前を呼ばれ、我に返る。
いけない、ついぼんやりしちゃったわ。