君ニ恋シテル

「あー…よく見たら服にも少しついちゃってたな」

手首のあたりに微かについた血を見て浩ちゃんが言う。

真っ白な洋服が台無しだ。


「せっかくの可愛い服…百合香ちゃんによく似合ってたのになぁ」

なっ…。
不覚にも胸がドキンとなった。


「に、似合ってなんかないです」

可愛い服を着たい。
だから着る。

だけど…似合ってるなんて一度も思ったことはなかった。


「えっ?そんなことないよ。似合ってるよ。百合香ちゃん可愛いし」

「…っ!」

一気に顔が熱くなった。


男の人に可愛いなんて…初めて言われた。
この人は…とことん私の心をかき乱す。
サラッと平気で、こういうことを言う。

なんなのよ…。
ムカツクわ。

真っ赤になった顔を隠したくて、クルッと回れ右をして歩き出す。


「あっ、百合香ちゃん待って!」

駆け寄ってきた浩ちゃんが隣に並んだ。


さっきまで動いていた口が動かない。
何も話せなくなった。


私…どうしちゃったのかしら。
おかしいわよ…。

心臓の音だけが、ドキドキ煩いくらいに鳴っている。


「せっかくの旅行なのに、なんかイヤな思いさせちゃってごめんな」

浩ちゃんの申し訳なさそうな声。
その声に、胸が締め付けられた。

なによ…。
なんでいきなりそんなふうになるのよ。



……………。



私はピタッと歩く足を止めた。

「百合香ちゃん…?」

浩ちゃんが不思議そうに振り返る。


「今日は迷惑かけてごめんなさい。ありがとうございました」

それだけ言って、私はまた足早に歩き出す。


「えっ…あっ、百合香ちゃん、待って!」

浩ちゃんがどんな顔をしていたかはわからない。
全く顔を見ずに話したから。


駆け寄ってきた浩ちゃんがまた隣に並んだ。
チラリと見ると、笑顔の浩ちゃんと視線が重なる。


「…っ!」

私は大袈裟に顔を背けた。


なんて真っ直ぐで正直な人なのだろう。
浩ちゃんの言葉には、きっと嘘がない。

悔しいし認めたくないけど、良い人…なのかもしれない。





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