「あっ、そうだ。よかったら君の名前教えて?名前わからないと何かと不便だし」

何が不便だっていうのよ…。
そう思いながらも、私は名前を名乗った。


「小沢百合香です…」

「へー、百合香ちゃんか。いい名前だね」

「どうも…」

別に浩ちゃんに褒められても嬉しくないわよ。


「昨日はよく眠れた?」

「はい?眠れましたけど…」

おしゃべりな人。
もう話しかけないでほしいのに。


「そうか、それならよかった。今日も徹平の部屋探しに来たらダメだぞ?」

「なっ…!」

カァッと顔が熱くなった。
さっき手を握られた時よりも、もっと熱い。
この人は…私に恥をかかせたいのかしら?


「行くわけないじゃないですかっ!」

口から出た声があまりに大きくて、自分でも驚いた。


「あははっ!はいはい、怒らない怒らない」

何よその笑いは…まるで子供扱いじゃない。

バカにしてっ…!


こんな人の隣なんて歩きたくない!
私は怒りに任せて足を速めた。


すると、

っ!?

ぐっと手首を捕まれた。
後ろに倒れそうになるのを、浩ちゃんの胸が受け止める。


「…!!」

「また一人で行こうとして。はぐれたら大変だろ?黙って一緒に歩きなさい」

「…はっ、離してください!」

「はいはいー」

パッと浩ちゃんの手が離れ、私は急いで浩ちゃんから体を離した。


セクハラ!!セクハラよ!!
そう叫びたいのに、言葉が出てこない。

心臓が壊れてしまいそう…。


「早く行くぞー」

何よ…。

まるで何もなかったかのように普通にしている浩ちゃんに無性に腹が立った。

こんなにドキドキしている自分が恥ずかしい。


「なにやってるんだ?早く行くぞ」

…浩ちゃんは大人だ。
そして私は子供。

それを凄く思い知らされた気がした。


ムカツクわ…!
私は子供なんかじゃないんだから!


「あっ、おいっ!」

浩ちゃんを追い越し、スタスタ歩く。
これ以上バカにされたらたまらないわよ!


私はそのままの勢いで目の前の理科室に飛び込んだ。