失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】




次の日の朝

病室のドアをノックする音がした

ドアが開くと母が部屋を覗いた

僕と目が合うとニコッとして言った

「おはよう…来ちゃった」

「早かったね…おはよう」

彼のベッドを離れてドアに向った

母の後ろに父が立っていた

「おーす」

父は照れくさそうに片手を挙げた

「運転お疲れ」

「まあな」

「兄貴…いまうとうとしてる」

母が心配そうに尋ねる

「いいの?」

「うん…いいよ…二人が来るの待っ

てたよ」

「そう…良かった…」

「こっち来て座ってよ」

僕はパイプ椅子を2つ出して

ベッドの横に並べた

「さっきまで起きてたんだ」

そう言うと母は唇に人差し指を当て

シーというしぐさをした

「起こさないであげて…」

母は彼に聞こえないように

僕の耳元で囁いた

母はベッドサイドに立ち

彼…兄の寝顔を覗き込んでいた

母の顔はとても幸せそうに見えた



「しばらくこのままでいいわ」

ふりむくと母はそんなふうに言った

「お兄ちゃんの寝顔を見てる」

「いいの?」

「ええ…いいのよ」

母は微笑んだ

「これがいいの…」

僕は父を見た

父は静かにうなずいた



僕は缶コーヒーを買いに病室を出た

誰もがいちばん良い兄との距離を

お互いに模索してた

その意味では兄が失踪する前と

あまり変わりはしなかった

唯一変わったことは

兄が幸せそうに笑っていること



だがその変化は僕らがずっと

心から思い続けていた願いだった