失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】





それから間もない

ある朝のこと



ベッドから起き上がった彼が

なんの前触れもなく

いきなり嘔吐していた

「そのまま…動かないで」

驚いた顔で口を押さえてる彼に

そう言ってパジャマを脱いでもらい

すぐにティッシュと雑巾で

まわりの後始末をした

「病院…行こう」

彼の胸元の吐瀉物を拭きながら

僕は彼の顔を見てそう言った

彼は珍しく無言でうなずいた

「まだ吐き気する?」

僕が訊くと彼は首を横に振った



シャワーを浴びてもらって

洗い流してもらってる間に

すぐに洗濯機を回した

着替えて一息ついた彼に

食卓で白湯を飲んでもらった

その頃には動揺してた彼の気持ちも

少しは落ち着いたらしく

受け答えしてくれるようになった

「白湯飲めた?」

「うん…」

「いつから気持ち悪かったの?」

「それは…ないよ」

「じゃあ急に吐き気?」

「吐き気はなかった」

「え…?」

「こういうことがあるって…脳腫瘍

の症状で」



スッと血の気が引いた

彼が珍しく動揺してるのはもしや

症状が進んでるのがわかるから?

同じように動揺してる場合じゃない

僕は平然を装って言った

「とにかく病院に行こう」

「ああ…うん…そうだね」



電話で病院に連絡すると

すぐに来てもいいと言われた

初めてタクシーを呼んだ