失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】




「当時私は公安に若くして抜擢され

鳴り物入りで入ったキャリア組だっ

た…だがその女に私はゆっくりと蝕

まれていった…ありとあらゆる手練

手管を用いて彼女は私の心の中に入

りこんできた…そして私はついに情

報と引き換えに…あの女と寝た…」



彼の顔が苦悶を表していた



「公安の中の上司の期待と同僚の嫉

妬…私は鳴り物入りで組織に入った

若造が味わう重圧をいつも感じてい

た…キャリアとノンキャリアの確執

や公安と県警の齟齬…その中で組織

を納得させる成果を出せるかどうか

が常に問われる…自信と不安が交錯

し若さという力がプライドを刺激す

るその中で心を保つ術を身につけな

ければならない…」



過去を語るその声に

次第に感情が入り込んでくる

まだ癒えていない傷の気配がして

僕まで息苦しくなった



じっと動かなかった彼が

右手でネクタイの結び目を弛め

一番上のボタンを外し

肩で息をついたのを僕は見た



息苦しかったのは

僕だけではなかった