今が……早朝でよかった。





 他の生徒はまだまばら。私は木陰に幾つかあるベンチの一つに腰掛け、そこで休むことにした。


「なんで……急に」


 今更のように震えだして、もう、授業を受けるような気分じゃなくなっていた。

 抱き付かれたことや母親の香水の匂いが、嫌な記憶を掘り起こしていく。



 ――髪を引っ張られた。

 だから、長い髪になるのが怖い。

 早く切らないと、また掴まれるっ。



 ――言うことを聞かず怒られた。

 だから、自分で考えて動くのが怖い。

 早くいい子にならないと、またっ。

 息が苦しくて、目の前の色が失せていく。

 こんな考え、ずっと続けていたらダメなのに……止められそうにない。





「――体、悪いの?」





 すっと、両手が握られる感覚がした。

 何度か瞬きをして見れば……目の前に、しゃがんで様子をうかがう橘くんがいた。途端、抱きしめられた時のような安心感が湧いてきて、


「えっ……泣いてんの!? アニキに酷いこと言われた?」


 自然と、目から涙が溢れ出ていた。