Liberty〜天使の微笑み【完】




 ――そして、いよいよ午後になり。



 「じゃあ、次お願いしますね」

 次の人と交代すると、私は急いでグラウンドへと走った。
 確か、やきそばを作っていたはずだけど……。
 パンフレットを見ながら、目的のお店を探す。途中、客引きの人に声をかけられながらも、なんとか断って、お店へと着いた。

 「いらっしゃ~い! あ……さ~く~! 彼女来たぞぉ~」

 「えっ!? ち、違いますから!」

 大きな声で言うものだから、周りにいた人が一気に私へと視線を向けられてしまう。
 あまりに恥ずかしくて、私は俯いたまま、その場に立っていた。
 お祭りってこともあって、みんなテンションが上がっているんだろうけど、こうやって言われるのに慣れてないから、どうしたらいいか困ってしまう。

 「わ、悪い、待たせた!」

 慌てて来たのか、奥から橘くんがやって来た。

 「彼女と回るとか、うらやましいぞぉ~」

 「バカ、まだ付き合ってねーよ!」

 「マジ? じゃあ俺にもチャンスありってことか!」

 やきそばを作りながら、ニヤリと笑って、目の前の男子は私を見る。
 本気じゃないんだろうけど、こういうのもどうしたらいいか分からなくて。恥ずかしくて、顔を赤らめていると。



 「――誰がやるか!」



 そう言って、まるで当て付けのように、橘くんは私の肩を抱き寄せた。

 「ってことで、オレはデートしてくるから」

 「えっ、あ、あのっ」

 そのまま手を握られ、その場から離れて行く橘くん。
 私の頭は、まだ少し混乱していて。早くあのことを言いたいのに、今のこの行動に、胸が大きく高鳴っていた。
 しばらく歩くと、外にあるベンチに腰掛け、急にごめんねと、橘くんは謝ってくれた。

 「ううん、私も、急に行ってごめんね?」

 「いや……ほら、昨日のこともあって、変に噂になってたみたいだから」

 やっぱり、橘くんも色々言われたのかな。

 「別に、いやとか……思ってない、から。――あの、さ。この手紙」

 見せると、橘くんは恥ずかしいのか、顔を赤らめる。

 「これ……書いたの、橘くんだよ、ね?」

 「あ、あぁ。なんか、学校来たらあんなことになってるから、手渡すの恥ずかしくなって」

 だからあの絵に添えたと、橘くんは言う。

 「中身……見たよ。やっぱり、あれも橘くんが書いたものだったんだね」

 そう言って、私は自分が持って来た手紙を橘くんに見せた。
 二つを見ても、字の書き方が全く同じ。もう、これを書いたのが橘くんだと確証するには、充分過ぎるものだった。

 「やっぱ、オレの手紙だったんだな」

 「みたい、だね。……なんで嘘を付いたかは分からないけど、もう、終わったことだから」

 その言葉に、橘くんは疑問の声をもらす。

 「えっと……実は、ね。――純さんと、別れたの」

 信じられないのか、橘くんの表情は、更なる驚きの表情を見せた。

 「そんな簡単に、出来た、の?」

 「うん……意外にも、あっさりいいって言われて」

 「ってか、画像はいいの?」

 「顔は映ってないし、もういいやって思って切り出したの。そしたら……こうなって」

 しばらく、二人の間に沈黙が流れる。
 昨日の今日だから、無理もない話しだよね。
 自分でも今の状況が意外なんだから、橘くんも、きっと戸惑いがあるんだろうと思っていると。――ガクッと、急に体が引き寄せられて。



 「……よかった」



 何もされなくてよかったと言い、ぎゅっと、橘くんは私の体を抱きしめていた。

 「これで心置きなく……市ノ瀬を口説ける」

 「く、くどっ!?」

 い、今……口説くって言った!?
 あまりの大胆発言に戸惑っていると、腕を緩め、やわらかな笑みで橘くんは私を見た。

 「フリーなら構わないだろう?」

 「そ、そう……だけどっ!?」

 突然、橘くんの顔が近付く。
 まさかと驚いていると、こつんとおでこをくっつけて。



 「だったら……今日の残り時間、オレにくれない?」



 少しでも動けば、唇に触れてしまいそうなほど、距離は近くて。
 これではまるで、告白をされているようなもの。
 ドキッ、ドキッと、ただでさえ大きく脈打つ心臓が、更に大きな音をたてる。

 「…………」

 「返事……聞かせてくれる?」

 どうやら、答えるまで離してくれそうにない。
 俯くことも出来ず、私は恥ずかしさでどうにかなりそうになりながらも、ゆっくりと、言葉を紡いでいった。

 「……い、いい、よ」

 もう、その言葉を言うだけで精一杯で。今にも爆発しそうな心臓に、私はどうなってしまうのかと思いながら、橘くんを見つめた。
 満足したのか、橘くんはふっと目を細め、ゆっくりと離れ……とは言っても、未だ体は抱きしめられたままなのだけど。

 「じゃあ行くか。周りもそろそろ騒ぎそうだし」

 騒ぎそうって……。
 視線を回りに向けて見ると……興味津々に私たちを見る生徒たちと、視線がぶつかった。

 「し、知っててやってたの!?」

 「まー少しは。――ほら、移動するよ」

 楽しげに笑い、橘くんは私の手を取ると、歩き出そうと促す。それに私は俯きながら、ヒソヒソと話す生徒たちの間を抜けて行った。
 こ、こういうこと、さらっとやっちゃう人、だっけ?
 何かが吹っ切れたような様子に戸惑いつつも、教室の展示を見たり、一緒に模擬店で買った物を交換したりと――ふつうのカップルがするような、当たり前の光景を、実感していた。
 手をつないだり、こうやって食べたり……すごく、幸せな気分。

 「次、何見ようか?」

 「えっと……橘くん、何か作品作ってないの? あるなら、それが見たいなぁ」

 「あぁ~。オレのは今夜のステージで披露するから、それまで秘密」

 夜のお楽しみ、か。
 ふふっと笑みをこぼし、うきうきしながら、その時を待った。



 「やっぱり……アイツを選んだか。――許せないよな」



 嫌な足音が、すぐそこに来ているなんて、気付かないまま。
 今までにない幸せを、噛み締めていた。