「別に、謝ることないって。そんなに喜んでくれたなら、こっちはうれしいし」
「そ、そう? それなら、よかった……」
橘くんは、何も、言わないんだ。
『お前、テンション上げ過ぎ。その時の声、嫌なんだよ』
純さんは、私がテンションを上げて喜ぶ時の声は嫌だと言う。だから、今まで大人しく……というか、そういうことはしないようにしてきたのに。
今の声が不快でなかったのかと気にしていると、察したのか、橘くんは心配そうに私を見ていた。
「やっぱり、どこか悪いんじゃあ……」
「ち、違うの! あの、ね……私、さっきテンションが上がったでしょ? それが、不快じゃなかったのかなぁって」
「不快? そんなことないけど。――アニキに、言われた?」
まるで、自分が痛みを感じているかのように。
橘くんの表情は、とても悲しそうだった。
……黙ってても、バレちゃうよね。
「うん……私がテンション上がった時の声、嫌だって」
「…………」
「落ち着きがない、その感じは嫌だから……もっと、抑えろって言われて。――ははっ、全然出来てないよね」
「……必要ない」
小さく、言葉を発したかと思えば。
「オレの前では……気にしないでいい」
そう言って、やわらかな笑みを見せながら、そっと、手を握られた。
「もっと……素でいいから」
「……うん」
そう言うので、今は精一杯だった。
返事を聞くと、橘くんは手を握ったまま、館内へと進んで行く。
さらけ出して……いいの、かな。
本当に、分かってもらえるかもしれない。
橘くんは、ずっとそういう人だったし。
……少しでも、いい、かな。
そんなことを考えながら、ゆっくりと魚を見て回った。
「昼から、イルカのショーがあるみたいだな」
看板には、午後一時よりショーが始まると書いてある。軽く何か食べてから見ようということになり、一階にあるフードコートへと向う。
軽くでいいと思い、私は小盛りのミートスパを。橘くんはオムライスを注文した。
こうやって二人で食べるのも初めてなのに、変に緊張することもなく。話を弾ませながら、ショーが始まる会場へと向った。
「せっかくだし、前で見る?」
「うん、せっかくなら近くで見たいな。――あ、でも」
あまり前だと水がかかるし、カッパがいると書いてある。どうしようと迷っていると、先に前に座っててと言い、橘くんはどこかへと行ってしまう。
トイレ……かな?
隣にカバンを置き待っていると、目の前にすっと、何かを差し出される。
「これ着ないとな」
手渡されたのは、カッパだった。
わざわざ、買って来てくれたんだ。
「ごめんね、お金出させて」
お財布を出そうとすると、その手を橘くんは制し、別にいいからと言う。
「で、でも……さっきも、出してもらってるし」
実はお昼もおごってもらっていて、なんだか申し訳ない。
それに……彼氏にも、おごってもらってことって、ないし。
「オレが誘ったんだし、ここは素直におごらしてもらえるとうれしいんだけどな」
「な、なんだか慣れなくて……。今まで、おごってもらうなんてこと、なかったし」
その言葉に、橘くんは驚きの表情を見せる。余程意外だったのか、しばらく言葉が出ないほどの衝撃があったらしい。
「それ……ホント?」
「う、うん……やっぱり、おかしい、よね?」
周りの友達は、おごってもらうのなんて当たり前って言ってるけど、悪い気がして、自分からそういうおねだりとかも出来ないでいた。
「いや、おかしくはないけどさ。ってか、アニキのヤツ……」
それぐらいしてやればいいのにと、呆れたようにため息をついた。
「まーとにかく、ここはオレにおごらせてよ。男のメンツってのがあるし」
「そういうもの、なの?」
「そーゆうものなの! はい、この話は終わり。ゆっくり見よう」
カッパを着るよう促され、袖を通す。
しばらくすると、調教師の人がイルカたちの名前や、それぞれの特技を言い、技を披露していく。
初めて生で見るショーに、私は釘付けだった。
人を乗せて泳いだり、数メートルもある高さのボールに向ってジャンプしたり。躍動感たっぷりの光景を、目に焼き付けるように見ていた。



