Liberty〜天使の微笑み【完】




 「あ……降ってきたんだ」



 独特の匂いが、鼻につく。
 しとしと降る雨の中は、先程までいた空間とは違い、とても静かな雰囲気を漂わせていて。それに合わせるように、少し焦っていた心は落ち着きを取り戻していた。
 ――電話、しないと。
 ゆっくりとボタンを押し、カレへと電話をかける。どれぐらいで出るかなと思っていると、2コール目という早い段階でカレの声が聞こえた。

 『遅いと思うんだけど……?』

 やけに低い声に少し驚きながらも、いつものように話を始めた。

 「ごめんね。カバンに入れてたから気付かなくっ」

 『んなの携帯の意味ないだろう?!』

 機嫌の悪い様子に、私は焦りを感じ始めていた。
 カレの名前は、佐々木純哉(ささきじゅんや)。
 私より三つ年上の、会社で営業をしている人だ。
 ど、どうしよう……純さん、怒ってる。

 「ご、ごめんなさい……ちゃんと、持っておくから」

 『当たり前だろう。何かあってからじゃ遅いんだ。お前はすぐ自分のことを話すんだから、余計なことは言うなよ?』

 「……分かってるよ。いつも言われてっ」

 『分かってないから、俺が何度も言ってるんだろう?――下手に話すんじゃないぞ』

 言葉を遮り言いたいことを言うと、カレはすぐに電話を切った。
 ツー、ツーという機械音を聞きながら、しばらく、そのままの状態で携帯を手にする。
 怒らせ……ちゃった。
 雨に比例するかのように、心は徐々に、影を落としていき。
 冷たくて、淋しい感覚が全身へと広がっていくようだった。
 明日……会いに行かないと。
 ぎゅっと携帯を握り締め、早く謝らなければという思いが頭を駆け巡る。



 いや、だ……嫌われたく、ない。



 嫌なことを思い出し、それが余計に、私の心を暗くさせていた。
 このまま戻ったら、心配をかけてしまうかもしれない。そう思ったら、しばらくその場に留まり、気分が落ち着くのを待つことにした。

 ◇◆◇◆◇

 翌日――私はすぐさま、カレの元へと向った。
 一時間ほど車を走らせると、カレの家へと到着する。はやる気持ちを抑えながら、私はいつものように、チャイムを鳴らした。



 「――は~い、どうぞ」



 中から声が聞こえ、鍵が開く音がする。

 「おばさん、こんにちは」

 「こんにちは。せっかく来てくれたのに、まだあの子、寝てるのよね」

 「あはは。もう慣れてますから。――それじゃあ、おじゃまします」

 挨拶をすると、カレがいる部屋へと向う。
 家は和風の平屋で、カレが使っている部屋は一番奥にある。
 ドアの前に立ち、二回ドアをノックした。たぶん起きないだろうけど、一応は部屋に入る前の礼儀だと思うから。

 「…………」

 しーんと静まり返り、中から音が聞こえることもない。やっぱりまだ起きていないんだなと思いながら、ゆっくりとノブを回し中へと足を踏み入れた。
 ベッドでは、寝息をたてながら眠るカレの姿。
 来たことを知らせようと、何度か揺さぶってみる。

 「純さん、起きて」

 「…………」

 「純さん、もうお昼過ぎてるよ」

 「…………」

 寝返りは打つものの、こちらの呼びかけに答える様子はない。

 「……待つしかない、かなぁ。――純さん、起きないとだよ?」

 これが最後の呼びかけつもりで、軽く腕に触れた途端。

 「――うっせぇ」

 「っ……!?」

 低く苛立った声と共に、私の腕は振り払われ。

 「……仕事で疲れてんのが、分からない?」

 睨み付けるように見るカレの目が、私の目に映った。
 寝起きだからか、機嫌の悪いカレは未だ苛立った声で言葉を続ける。

 「学生のお前とは違うんだよ……何しに来た?」

 「何って……昨日のこと、謝りに」

 重苦しい雰囲気の中、なんとか言葉を紡いでいく。
 今日の純さん……怖い。
 震えそうになる声をなんとか抑え、カレと目を合わせる。