Liberty〜天使の微笑み【完】


 「かぁ~い~」

 「げっ、来たのかよ。大人しく寝てろって」

 「海がいないと、やぁ~!」

 えへへっと笑いながら、美緒は海さんの背中に抱きつく。
 美緒にはもう、私たちがいても関係がないようで。目の前では、完全に甘えモードに入った美緒がいた。

 「か、海さん。残りは、私がやりますから」

 「わ、悪いな……ってか美緒、絡むな!」

 「い~じゃんかぁ。久しぶりにぃ~エッ」

 「言うな!」

 慌てて美緒の口を手で塞ぎ、海さんは私たちに悪い! と言い、部屋を後にした。
 なんとなく……美緒が言いたかったこと、分かるかも。

 「今日の福原……いつにも増して激しいな」

 「うん。やけに甘えてたよね」

 ふだんの美緒からじゃ想像出来ないけど、やっぱり、安心出来る人がいると、あんなふうにさらけ出せるものなのかなと、ちょっと羨ましかった。
 残ったお皿を洗い終えると、ふとした疑問が、頭を過る。



 いつから……だっけ。



 カレを送らなきゃとか。
 酔うわけにはいかないとか。
 先のことを気にして、自分がしないとって気負って。
 純さんの前で気を抜いたのなんて……最近、あったかなぁ?
 もうずっと気を張っている気がして、別れたいと思うようになってから、そういうことが気になり始めていた。



 「――市ノ瀬?」



 ハッと気が付いた時には、目の前には橘くんの顔があって。

 「気分、悪くしたか?」

 「だ、だいじょっ?!」

 驚いた私は、咄嗟に離れようと体を後退させた途端、ガクッと、体が傾いた。
 しまったと思った時には、もう遅くて。ゆっくりと、体が後ろへと倒れるのが分かった。
 痛みがくるであろうと覚悟し、ぎゅっと目を閉じたのに。



 ……痛く、ない?



 鈍い音がしたのに、痛みはなくて。



 「っ~、セーフ……」



 安堵のため息が聞こえ、ゆっくりと目を開けると。

 「今日は飲んでんだから、気を付けないと」

 下敷きになった橘くんの顔が、目の前にあった。
 途端、顔が一気に熱くなる。ぼわっと、頭から湯気でも出てるんじゃないかって思うほど。

 「ごご、ごめんなさい! すぐに退きまっ」

 「おい、何かあったのか?」

 「「…………!?」」

 ドアを開け、心配した様子で立つ海さん。
 私たちは無言のまま海さんに視線を合わせ、なんとも言いがたい雰囲気が流れていた。

 「…………」

 「「…………」」

 「なーんだ。早く言えばいいのに」

 ニヤリと笑みを浮かべると、海さんは部屋から出て行く。
 ぜ、絶対……誤解された!
 慌てて橘くんから退き、私は再び謝った。

 「ご、ごめんなさい! 海さん、勘違いした、よね……?」

 「あぁ……たぶん、な」

 お互いため息をはき、ははっと苦笑いをしていると。



 「お待たせ~。んじゃ、お前らはここな」



 再びやって来た海さんは、手にしていた物をドサッと床に置き、私たちを見る。



 「言っとくが――あんまり激しくするなよ?」



 ふふっと怪しい笑みを残し、海さんは部屋から出て行った。
 は、激しくって……。
 置かれた物に視線を向けると――それは、枕と布団。
 海さんの言葉だけでも想像が出来るのに、部屋に置かれたそれを見れば、もうあのことしか考えられなくて。