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「本当にありがとう。気を付けて帰ってね」
「あぁ。それじゃあまた明日」
市ノ瀬を家まで送ると、オレは自分のアパートに向かった。
急に静かになった車内。それが徐々に、オレの中で暗い気持ちを膨らませていった。
まさかホントに……。
市ノ瀬が、アニキの彼女だと思わなかった。いや、〝思いたくなかった〟んだ。
数日前、実家に市ノ瀬がいるのを見てから薄々感づいてたが、言われるまで、その事実を信じたくなかった。
家に帰るなり、オレはベッドに身を投げた。
体が重い……。
何もする気になれないが、このまま落ちたままでいるのはよくない。もう夜の十一時を回っていたが、たぶん起きてるだろうと思い、気を紛らわしたくて福原に電話をかけた。
『――珍しいわね、こんな時間に電話だなんて?』
予想どおり、福原はまだ起きていた。
「今日さ、アニキの彼女に会うって話しただろう?――あれ、市ノ瀬だった」
それだけ言うと、福原はなんとも歯切れの悪い声を上げた。
『あぁ~……うん。なんて言うか。いっちばん嫌な現実に当たったわけね』
福原は、オレがずっと市ノ瀬を好きなことを唯一知ってる。正確には絵を描いていた子だが、それが市ノ瀬だとわかったのは、入学して一ヶ月経った頃。しかもその時には彼氏がいるっていうんだから、しょうがないって思うようにした。
けど、いつかチャンスがあれば、って考えなかったわけじゃない。でもそれをしなかったのは、市ノ瀬がたのしそうだから。こっちの気持ちを言っても困らせるだけと、そーいう考えが過っても考えないようにしていたけど。