訳有彼氏


 空だと思って話しかければ、生気のない瞳を向けられた。

 思わず数歩後退する。

 ガタリと静かに立ち上がった“彼”は蔑みの含まれた笑みを浮かべた。

 何処か空ろで、何処か正常。

 異常すぎて正常に見える彼は、切り裂く様な瞳で私を見据える。
 
「長門(ながと)だよ」

 知っている。鴉孤の人格の中で、私がもっとも恐れる人格。

 長門は他を拒絶し、自分を拒絶し、破壊を好み慈愛を嫌う。

 狂乱したり、狂い出したりなどしないけど、その理由は常に狂っているから。

 何処か部品の欠けた正常者。

 空が言っていた。

 「長門が出たら、近づくな。迷わず逃げろ。」

 意味は、長門の目を見たら分かる。

 穢れたモノを見る目で私を見て、長門は私の頬に触れた。

 「会いたかった?」