志穂は、顔をはじめとして体のあちらこちらに痣が出来ていた。もちろん阿部に襲われた時に出来たものだ。


大分目立たなくはなっていたが、まだ完全には治っていなかった。


「お顔はうまく隠せたけど、首の痣は無理ね。志穂ちゃん、痛かったでしょう? 可哀相に……。女に暴力を振るうなんて、最低なヤツよね?」


「う、うん……」


と返事をしたものの、志穂は阿部を憎み切れなくなっていた。


というのは、阿部はあの後、踏み切りで電車に飛び込み、命を落としたと聞いていたから。


阿部は憎かったし、自分はその男に殺されかけたのだが、命を落としたと思うと、阿部が哀れに思えたのだ。


因みに祐樹は、阿部が志穂を殺そうとした事を、警察へは届けなかった。

その事には志穂も同意をした。
二人とも、死人に鞭を打つような事はしたくなかったし、早く忘れたかったからだ。

そのため阿部は、前途を悲観して衝動的に自殺した事になっていた。