「なあ、二人っきりにして大丈夫か?」
顔には全く出していないが、試合を棄権して落ち込んでいるのは間違いない。
仁があの場で狼谷を止めたということは、少なからず敵意やそれらに似た感情を持っていないのは確かだ。
だからって心身ともに深刻なダメージを追っている最中に、自身の最大のトラウマである仁をぶつけるのは、傷口に塩を塗り込む騒ぎじゃなくて、ヒロの超絶モツ抜きパンチを喰らうようもんである。
要するに死ねるってことだ。寧ろ死んだ方が楽になれる。青痣できたし。
「大丈夫だよ。あの二人にはきっかけがなかっただけだから」
「きっかけ?」
「ケンちゃんのおばさんに聞いたんだ。仁君が怪我をしてすぐに眼科の権威と呼ばれるドクターの所に飛んで行って、治療のためにそのまま引っ越しちゃったんだって。だからケンちゃんは謝ることも罵倒されることもなく、仁君と音信不通になってしまったってわけ。
挙句の果てに数年という長い月日が経ったから、今更トラウマを掘り起こすこともしたくないし、掘り起こした所で状況が良くなる見通しがあるわけじゃない。
結局現状維持に落ちついて、だけどお互い気まずい所があってズルズルと引きずってる状態……ってところじゃないかな。そんな経験カズにもあるだろ?」
「あー……うん。あるっちゃあるかもしんね」