「ふぅ…」
早川と呼ばれた男の人は小さく息を吐いてから、私の正面に立った。
「早川と言います。瑠榎さんはコンロの使い方とかお風呂の使い方、わかります?」
「大丈夫、だと、思います」
黒川と変わらず、冷たい声にどんどん身体が硬くなっていく。
「…俺にはそんなに怯えなくて大丈夫ですよ」
急に優しい声に変わった早川さんの声にパッと顔を上げた。
「まあ、そんなこと言われてもって感じですよね」
困ったように笑ってくれる目の前の人は、どこか可愛らしい雰囲気があって、まだ若い人だった。
私は、この人を信じてもいいのか、それともこれは嘘なのか、よくわからなかった。
「でも、早くここから逃げないとまずいですね。」
「え…?」
真剣な顔になった早川さんに私の頭はついていかない。
「瑠榎さん、黒川さんが言っていた“相手”ってどういう意味かわかってます?」
「相手…?」
「…男女の関係を強要されるってことです」
男女の関係…。
急に目の前が真っ暗になった気がした。
「ここには俺の他にも黒川さんの部下が何人か来ると思います。その全員が俺みたいな奴ではないです」
「早川さんは…味方をしてくれるんですか…?」
「そう、ですね。でも、俺は黒川さんには逆らえない。そこだけは許してください」
「…それは、当たり前のことです」
申し訳なさそうに言ってくれる早川さんも黒川の部下であることには変わりない。
だから、仕方のないことなんだ。

