冬うらら~猫と起爆スイッチ~


「降りろ…」

 カイトが、そう言った。

 命令言葉ではあるが、ゆっくりとした声だ。

 彼も、ひどく苦しそうな表情をしている。

 命令語なのに、メイには、『頼むから、車を降りてくれ』――そう言っているように聞こえた。

 少し震える指で車のドアを開ける。
 足を下ろしてアスファルトに立った時。

 目の前にカイトがいた。

 わざわざこっち側まで回ってきてくれたのだ。

 彼を見上げる。

 そうしたら。

 カイトは、メイの手を捕まえてくれた。

 手首じゃない。手のひらだ。

 ぎゅっと。

 手を握ってくれた。

 一瞬で、彼の体温が身体の中を駆けめぐる。

 同時に。

 昨夜の思いまでもが、ぱぁっと胸の中に広がった。

 勇気を出して、ぎゅっとカイトの手を握ったことを。
 握り返してくれた強さを。

 あの時の気持ちのすべてが、彼の力で呼び戻される。

 ぎゅっと――今度は、メイが握り返す番だった。

 手を引かれる。

 現実の足取りを、一歩ずつ教えてくれる。

 この静かな祭日の役所の、穏やかな職員の人が、式で言うところの神父様だろうか。

 それなら。

 この短いアスファルトの道が、ヴァージン・ロードということになる。

 ぎゅっと、彼の手をもっと握る。

 カイトも握り返してくれる。

 言葉はなかった。

 でも、幸せがこみあげる。

 この人で――よかった。

 しかし、この人とやらは、もうあの職員の人に呼びかけることもしなかった。

 勝手にガラス戸を開くと、婚姻届をバンッと置いたのである。

 そして。

「ああ、ちょっと待ってくださいよ」

 慌てて出てくる神父の声も聞かずに、カイトは彼女の手を引いて、すごい勢いで車に戻ったのだった。


 結婚。


 してしまった。