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 卵焼き。

 カイトは、食卓に上がってるそれを見て、箸の先でひっくり返した。

 不思議な気持ちだったのだ。

 本当に、毎日毎日珍しいものを食べられる。

 卵焼きなんか、存在自体は全然珍しくない。

 しかし、いざ食べる機会があるかというと、いまとなっては滅多にないものだった。
 仕出しの弁当に入っているとか、その程度である。

 ほうれん草のおひたしは、濃い緑を見せつけていて、これぞ緑黄色野菜という感じだった。

 食べた途端に、ポパイになれそうだ。

 卵焼き。

 しかし、彼の意識はポパイの素ではなく、卵焼きに注がれていたのだ。

 カイトは、イヤな予感がしていた。

 いい思い出のある料理ではなかったのだ。

 彼の母親の作る卵焼きときたら、それはもう死ぬほど甘かったのだ。

 ご飯のおかずに、こんな甘いものを食べるのかと信じられないくらいに。

 だから、家で出る卵焼きは大嫌いだったのである。

 そして―― 今回、これを作った相手はメイだった。

 彼女も女性で、甘いものには目がないようだ。

 それは、前回のケーキ事件で分かっている。

 甘い可能性は高かった。

 カイトは、彼女にバレないように卵焼きを睨み付けた後、一滴汗を流してから、口の中に放り込んだ。

 反射的に身体が身構える。

 が。

 甘くはなかった。

 というか、卵焼きと言うよりも、ダシ巻きだった。

 カイトは、具体的にその名前を知ってはいなかったけれども、普通の卵焼きとは味が違うというのは分かった。

 ほっと息をついた。

 もし甘かったら、それでも彼は汗を流しながら全部食べなければならないのである。

 バンジージャンプばりの緊張の一瞬だった。