「あの…毎日、着て行かれてますけど」

 おそるおそる。

 メイは、用心深い口調でそう言った。

「え?」

 今度、それを言うのはハルコの番だった。

 カップをソーサーに戻しかけた指が止まる。

「だから…その、毎日背広は着て会社に行かれてますけど…平日はいつも」

 表現がおかしかったのかと思って、メイはもう一度、しかも丁寧に言った。

「うそ…でしょ?」

 カチャン。

 カップを下ろして、ハルコは不思議そうな眉で見つめてくる。

 そんなこと言われても。

 嘘でないのは、メイが証明できるのだ。

 毎日ネクタイを締めているのだから間違いなかった。

「おかしいわ…私の時には、本当に必要最小限にしか着なかったくらいなのに」

 会社に、緊急時用の背広を一揃え用意しているのだと、ハルコは教えてくれた。

 もしも、当日いきなりの仕事が入った時のために。

「スケジュールにない背広仕事をいれようものなら…それはもう、怒られたものよ」

 そのくらい、あの格好は大嫌いだと言うのである。

 何度思い返してみても、メイにはそうは思えなかった。

「ネクタイは、ホントに苦手そうですね…」

 唯一、ハルコの言っていることが裏付けられそうな事実を口にする。

「そうでしょう? もう、ネクタイなんかギリギリにならないと絶対にしなかったわ…締めると、それはもう不機嫌になってね」

 はぁ。

 懐かしいが、楽しいばかりじゃない思い出なのだろう。

 ハルコのため息がこぼれる。