白頭山の残光

「あ、あんた達は、それであたしにどうしろって言うのよ」
 美里はパニックに陥りながら、それでも必死で声を抑えて言った。
「確かにあたしは朝鮮籍だけど、それは親が決めた事で、あたしは北朝鮮のシンパのつもりはないわよ!それにあたしは私立大学の研究員で、あの研究所にはあくまで派遣の助手として通っているだけ。あの研究所は独立行政法人だから日本国籍がないあたしは正式なメンバーじゃないし、第一あたしみたいな若手の下っ端は、何も知らないわよ!」
 女の方が顔色ひとつ変えずに言い返す。
「あたしは対日情報収集担当だから、そのぐらいの事は言われなくても知っている。あ、自己紹介がまだだったわね。あたしの名はユン・ソナ。さっきも言ったけど、韓国の国家情報院の情報部員よ。ま、あたしだって駆け出しの下っ端だけどね」
「俺はパク・ソンジョン。朝鮮民主主義人民共和国、陸軍少尉。対外情報収集の特殊部隊の所属だ。もっともインターネットでの敵情偵察が任務で、共和国の外へ出たのは生まれて初めてだが」
 男がテーブルの横で直立不動の姿勢のまま言う。美里は一旦落ち着いた頭の中が再び混乱してきた。
「つまり二人とも、いわゆるスパイなわけよね?でも、なんでよりによって北と南の、敵国同士のスパイが一緒にいるわけ?」
 ソンジョンが相変わらず、背筋をきっちり伸ばした姿勢で答えた。
「つくばの、時空の穴の事を知って、密かに南朝鮮側の協力者を探した。俺は任務で軍用コンピューターを自由に使えたから、同志たちに気づかれずに彼女、そこのソナ同志と連絡を取る事が出来た。ソナ同志も俺の計画に賛成してくれた」