白頭山の残光

 そして近くの高層アパートへ向かう。主席官邸の中を望遠鏡でのぞける位置にある建物なのだそうだ。美里はその途中の道端のあちこちに奇妙な黒いサッカーボールぐらいの球体がたくさん置いてあるのに気づいた。周りに人がいない事を確かめて、ソンジョンに小声で訊く。
「ねえ、あの黒くて丸いの何?」
「石炭の粉を水で練って固めた物だ。練炭だよ」
「なんで、あんな物がたくさん置いてあるの?」
「あれは配給された燃料だ」
「燃料って、何の?」
「各家庭の暖房や、台所で煮炊きをするのに使う。やはり主席が健在の時代には、燃料に不自由していなかったんだな」
 1994年の時点で首都の家庭の燃料がガスではなく練炭?それもソンジョンの口ぶりでは、2011年にはこんな物にさえ不自由しているという事になるのか?美里は何か言いかけたが、前方に人影が見えたのであわてて口をつぐんだ。
 そのアパートは20階建ての馬鹿でかい鉄筋コンクリートの建物だった。だが外壁はコンクリートがむき出しで、どこか寒々として印象だ。入り口近くから中を覗きこんでいると、不意に後ろから鋭い中年女の声がした。
「あなたたち!そこで何をしているの?」
 洋服だが、日本なら半世紀以上前にしか見かけないような服装の、気の強そうな女が美里たち三人をにらんでいる。ソンジョンは臆する事もなくその女に歩み寄り、にこやかな口調で話しかけた。
「ひょっとして、こちらにお住まいの方ですか?」
「この棟の人民班長ですが」