そんな化学繊維など聞いた事もなかった。何かの北朝鮮での呼び名かと思ったが、ソンジョンの説明の続きでやっと理解出来た。
「ビナロンは日帝統治時代の朝鮮人が発明した物だ。京都帝国大学の研究者だった李升基という人が発明者だ。解放後、北朝鮮では朝鮮人が偉大な発明をした事を称えてビナロンの工場がたくさん作られた。2011年でも、共和国内ではビナロン以外の化学繊維を製造する事は事実上禁止されている」
「けど、これって相当時代遅れなシロモノだと思うけど?」
「ああ。それは俺も分かっている。特に中国との貿易が増えていろんな品物が、密輸も含めて、入って来るようになって、共和国の人民も、外国にはもっといい化学繊維がある事には気づいているだろう。だが、この1994年ではまだ共和国にはビナロン以外の合成繊維はないし、知られていない」
 最後に三人とも服の胸に小さな金日成バッジを付ける。四角い赤いバッジで金日成の肖像が上に描いてある。が、それを終えた美里とソナにソンジョンが怒鳴るような声で言った。
「違う!逆だ。美里のバッジはソナが、ソナのバッジは美里がつける物だ!」
 思わず美里とソナはお互いの胸のバッジを見つめたが、何か違いがあるとは思えない。ソナが不満そうにソンジョンに言い返す。
「どっちでもいいじゃない。同じようなバッジでしょ」
 ソンジョンはますます怒気を含んだ声で言った。
「よくない!今美里が付けているのが軍人用のバッジ、ソナが付けているのが核心階層の一般市民用のバッジだ。主席の肖像の下の星の数が違うだろう」
 そう言われて見ると、確かにペンの先ほどの小さな星のマークがバッジの上に並んでいて、ものすごく注意して見つめるとその星の数が違う。ソンジョンが続けて言う。
「バッジを見たら、その人間が軍人かそうでないか、どの階層の人民か分かる。間違ったバッジを付けていたら、通行人に一発で見破られるぞ!」
 美里とソナは期せずして全く同じセリフを同時に発していた。
「金日成バッジって、そんな意味があったの?」