白頭山の残光

 その後は美里はもう声を出す余裕もなく、二人の説明を聞いているしかなかった。この二人はどうやら日本政府のコンピューターをハッキングして、美里も知らないあの時空の穴の情報を詳しく得ていた。
 あの時空の穴の向こうの時間は1994年、日付はこちらの21世紀と全く同じである事。時空の穴を抜けた場所は大同江(テドンガン)という河の、平壌の上流50キロほどの地点である事。ひとしきり話し終えると、ソナは美里の背後に回って両手を彼女の肩に置き、こう言った。
「ただ、あの研究所に侵入するには、中の事を知っているあなたの協力が必要なの。そこまで細かい事までは調べられなかったから。もちろん、あなたの身の安全は保障する。その後の事もね。あなたは、朝鮮語が話せるからという理由であたしたち二人に拉致されて無理やり道案内をさせられた。逆らえば殺すと言われてね。そういう芝居をすればいいのよ」
「もし、嫌だと言ったら?」
「それが芝居じゃなくなるだけ」
 ソナの右手が素早く腰の後ろに周り、次の瞬間、美里のこめかみにひんやりした金属が押し当てられた。それは小型の拳銃だった。ソンジョンはいきなり、美里の足元の床に土下座して額をカーペットにこすりつけながら、血を吐くような口調で懇願し始めた。
「頼む。ミリ同志。二千万の北の同胞を、あの生き地獄から救ってくれ。お願いだ!もうあと七日しか時間がないんだ!」
 そう言われて美里は今日が7月1日である事を思い出した。美里はまず目を閉じ、深々と息を吸い込み、そしてふたりに告げた。
「分かったわ。ただし、一つだけ。あたしを民族名で呼ばない事。あたしは日本で育って日本で生きてる、カネモト・ミサト。そこだけ、よろしく……」