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「バスチアン」
部屋の中で真剣に絵を描いているバスチアンの背に呼びかける。
けれど反応はなく、ひたすらに右手を動かしている。
仕方なく気づかれぬようそっと、遠回りに部屋の中に入って、バスチアンの真剣な表情を眺めた。
色素の薄いグレーの髪も目も、普段は愛らしい温和なそのオーラも絵を描いているときだけは猛った獣のように鋭く感じる。
「バスチアン」
リュカがもう一度声をかける。
するとピクリと肩を震わせて、彼は初めて兄の存在に気づいた。
「に、兄ちゃん。いつ来たの?気づかなかった…」
「そんな真剣な顔して何書いてたんだよ」
にやりと悪戯そうに笑って、リュカがゆっくりとバスチアンに近づく。
すると彼は大きな音をたてて立ち上がり、叫んだ。
「だ、だめだよ…!来ちゃ!」
慌てて描いていたキャンバスを外すと両腕で隠すように抱えて後ずさりするバスチアン。
不審に思ったリュカは首を傾げた。
「おい、なんだよ…。そんな慌てることねぇだろ」
乾いた笑いで眉を寄せてからかうが、バスチアンはぶんぶんと首を横にふる。


