それを徐にポケットに滑り込ませると、誰もいないのはわかっているのに形ばかり辺りを見回す。



(…喜ぶかな、バスチアン)



少し疲れて、部屋の隅にある木の椅子へ腰かけようとそちらを振り返る。


―――が、




「な、なんだお前…」


振り向いた先に居たのは、絵本でしか見たことがないような真っ白い存在で。

椅子に座って両足をゆらゆら揺らしては、形のよい赤い唇が笑っている。




「…てん、し?」


馬鹿みたいに開いた口から紡がれたのはそんな、現実には有り得ないようなそれ。

けれど、その少年の周りに漂うキラキラしたオーラに吸い寄せられるようにリュカはそちらへ歩み寄る。




『あ、やっと気づいた。

掃除してる間ずっと君の後ろに居たりしたのに、全然気づかないんだもん』


ケロリとした表情を浮かべて少年は面白そうに高い声で笑う。

リュカはただ目をぱちくりさせて指を指すことしかできず




「お前、天使?」

『…それ、さっきも言わなかった?

そうだよ、僕は第一級ミカエルの称号をもつ天使。凄いでしょ?』

「ミカ…」

『ミ カ エ ル』


ころころと鳴る鈴のように喉を震わせて笑う少年は、どこかおどけたような態度で両手を広げて肩を竦めた。