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―――ある日の午後、
いつものようにアンジェロが部屋にきて、2人でチェスを始めた。
「今日も誰かに羽をあげてきたの?」
『うん。凄く喜んでた』
「…そっか」
特に明確な何かがあったわけではない。
けれどサーシャその時、アンジェロの様子に僅かな異変を感じた。
なんだかどことなく焦っているような、顔色が悪いような印象を受けたのだ。
「…ねぇ。幸せの羽って、全部使っちゃってもまた生えてくるんだよね?」
『うん。当たり前じゃない』
何気なく慎重に問いかけてみたが、下を向いて次の手を考えるのに夢中のアンジェロに動揺はみられない。
聞いているのかいないのか、たいしたことのない話題に適当に答えたようにそれは軽い口調だった。
(…気のせい、だよね)
そんな彼の様子に安堵して、さっきのは自分の取り越し苦労だったのだろうと、サーシャもまたチェスにのめり込んだ。
―――数分たったころ、バン、と音をたててエレナが突然部屋に入ってきた。
「―――サーシャお嬢様!大変で「ノックくらいしてよ!」
尋常じゃない様子で息せききって飛び込んできたエレナを、サーシャが大声で叱る。
「す、すみません。お嬢様…。でも緊急でして…」
「言い訳はしないで」
ふう、と気分を害したように荒いため息を吐いたサーシャ。
サーシャが怒鳴ったので、アンジェロは駒を宙に浮かせたまま驚いて目を丸くしている。
(…大変、)
アンジェロの顔をみて、サーシャはハッとした。彼の存在がばれたら大変なことになる。
どこから入ってきたのかとか、どこに住んでいるのかだとか、こっぴどく訊かれることは間違いない。
(…ああ)
もう駄目だ、と思い諦め半分に顔をあげるとどうだろうか…
もう先程の驚いた気配はなく、ケロリといつものようにアンジェロは微笑んでいた。


