「でも僕、もうあんな絵を描くのはやめるよ。
兄ちゃんが、僕に誇りを持てって言ったから」
夜の空を仰ぎながら、どこか爽快に言い切るバスチアンの姿は清々しかった。
「…初めてだったんだ。兄ちゃんが僕にあんなに真剣に命令するの」
『そっか…』
その横顔を見つめるアンジェロも、リュカのことを思いながら相槌をうつ。
「兄ちゃんは強いけど、やっぱりまだ弱いんだよ。
きっとパパもそうだったんだ。
弱かったから、みんなみんな、大切なものを守れずに、消えていった…」
『………』
どこに向かっているのかも解らず、2人でただ闇の中を黙々と歩く。
「だから、だから僕は誰よりも強くなる。
兄ちゃんを心配させないように。兄ちゃんが僕を守らなくてもいいように。
堕天使でも笑って生きてくの!」
―――パサリ、
初めて自らの意志で、バスチアンが灰色の翼をだした。
生まれたての羽毛のように滑らかな艶のあるそれは、暗闇の中でもちゃんと、存在していた。
「わぁ。結構綺麗じゃない?ねぇ…」
そんな風に無邪気に笑う弟を、アンジェロは複雑な思いで眺め、優しく微笑んだ。
(…バスチアンは素直だなぁ。
僕なんかまだ、許せないでいるんだ。
僕を捨てたパパとママのこと。
天使であることの責任を投げ出して、自らそれを放棄した2人のこと。
バスチアンはそれでも前を向いて進むんだ。
…僕は―――――)