キィ。
軋むドアの向こうに消えたアンジェロ。
リュカは手の中のそれを震わせて、呼吸も荒くその後ろ姿を見ていた。
(…アンジェロ、)
「兄ちゃん、絵、みたんだね」
「…え」
今まで聞いたこともないくらい、落ち着いた声でバスチアンが言った。
驚いてそちらを見れば、先程の絵を広げて無表情に見つめる弟。
「なんで、そんな絵…」
リュカが掠れた声で問えば、バスチアンは無言のまま鉛筆をとり、絵の続きを描きはじめた。
――――スススス、サッ、スススス、
手慣れたもので、バスチアンの右手は見る間にその余白に新しいものを創りだしていく。
(…バスチアン、)
鉛筆が紙と擦れあう音。
それだけがしんとした空間に響く中、真剣な面もちで躊躇うことなく、どこか乱暴に描きすすめる弟。
(…バスチアン)
「僕が本当に描きたかったのはこれ」
ピタリと、彼の右手が止まった。
少し雑だが何を描こうとしたのかはリュカにとっても明らかだった。
(…これ、)
「なん、で…」
知らないはずのお前が、何故。
肌は粟立ち、冷や汗がこめかみを伝うのを感じた。
嗚呼、バスチアン。
―――俺は本当に兄失格だ
絵の中に居たバスチアンには新たに翼が付け足されていた。
灰色の、翼が。
堕天使のバスチアンが描かれた絵に赤い×印が容赦なくはしる。
「バスチアン、何で…」
「僕が何も知らないとでも思ってたの?もう、兄ちゃんって鈍感だよね」
何で笑うの?
バスチアンが肩を竦めて笑っている。恐い。


