***
それから何度もアンジェロはサーシャの部屋を訪れた。
パズルをやったりチェスをしたり。サーシャが仕事で疲れているときはアンジェロがピアノを弾いた。
サーシャが我が儘を言ったり、周りの人間のことで愚痴をあれこれ言ったりしてもアンジェロはいつも笑顔で話を聞いてくれた。
――ある日の午後。
台本を暗記していると窓を2回叩く音がしたのでサーシャが顔をあげると、いつものようにアンジェロの姿があった。
『今日は何をしてるのー?』
窓枠を軽々飛び越えて、アンジェロが高い声で訊いた。
サーシャは無言で手にした台本を掲げて、うんざりというように口を尖らせる。
『ちゃんとお仕事してるんだ。
…大女優は大変だね』
「うん。でも…、私が生きる理由は今、これしかないから」
ページを捲りながらサーシャが静かに答える。
アンジェロは床に座って首を傾げながら彼女を見上げた。
『…じゃあ、それがなかったら、サーシャは死んじゃうの?』
広い部屋にシン、と高いはずのアンジェロの声が重く響く。
サーシャは口端を少し噛んで、遠くを見つめて言った。
「だって、パパもママも、みんなも、
私が女優でお金を稼いで、有名だから必要なだけだもん。
そうじゃなくなったら、いらないんだよ」


