左隅にピアノの鍵盤の形をした音程指定パレット。画面中央に指定した音程を表示するパラメーター。だが、あたしが今までに見たボーカロイドとは明らかに違う部分がある。画面の右側に3D映像で少女のキャラが表示されている。
 普通のボーカロイドは、美少女キャラはパッケージの箱に印刷されているだけで、起動中のPC画面にまでは出てこないはずだ。
 でも、あたしはそのCGで出来ている女の子の姿が妙に気に入った。もし本当の人間だったら、雪のように白い肌の深窓の令嬢といった感じだ。
 ふーん、そうか、作詞作曲中の画面でもこの萌えキャラを見つめながら作業出来るってわけね。確かに男どもが喜ぶかも。
「どうです、お嬢さん。あなた、このソフトのモニターやらない?もちろん無料ですよ」
 おじさんのその言葉はあたしにとっては悪魔のお誘いだった。この世の中、ただより安い物は無い!
 PDAに文章を打ち込んでおじさんに見せる。
『ぜひ、お願いします!』
 こうしてお雪はあたしの家へやって来た。

 その夜、あたしは三十分ばかり親の手前、二階の自分の部屋に籠って学校の宿題をしているフリをしてから、階下の両親が寝静まったのを待ちかねて、昼間渡されたボーカロイドを試してみた。まずソフトのDVDをノートパソコンにセットする。
 あのソフトショップの店主のおじさんが言うには、非売品なのでハードディスクにインストール出来ないようにコピーガードがかけてあるのだそうだ。だからDVDディスクから直接起動しないといけない。
 ウィーンとディスクドライブが鈍い音を立てながら回り、あたしは念のためヘッドホンをパソコンにつないで音が部屋の外に漏れないようにした。夢中になって大きな音立てて両親に部屋に踏み込まれるのはいやだし。
 数十秒後、ボーカロイドの画面がパソコンのスクリーンに現れた。データの入力コマンドなんかは他のボーカロイドと変わらない。画面の右端に3DのCGで二頭身の女の子のキャラが表示されている。それがこのボーカロイド「お雪」の特徴だ。