おば様も若い頃から音楽、ピアノと声楽をやっていて、雪子ちゃんもお母さんの影響で音楽を始めたそうだった。特に声楽の方は才能があったらしく、将来が楽しみと誰からも言われるほどだったらしい。
 あたしは馬鹿だ。
 今まであたしはこの世に自分ほど不幸な人間はいないと思っていた。声を奪われ、音楽の夢を奪われ、どうしてあたしだけがこんな理不尽な人生を送らなければならないのか、と。
 でも、それなら雪子ちゃんだって、いや雪子ちゃんのほうがはるかに不幸で、理不尽な人生だ。もう自分で歌を歌う事は出来なくても、あたしにはギターが弾ける。そのための両手は無傷で残っている。ギタリストとしてバンドに参加する事だってやろうと思えば出来る。音楽に夢を託す事が一切不可能になったわけじゃない。
 でも雪子ちゃんにはそれすらもうかなわない。あたしは独りで何を深刻ぶっていたんだろう。十四歳で、音楽の夢を実現する手段を一つ残らず永遠に失った雪子ちゃんに比べれば、あたしの不幸なんてまだましな方だろう。
 彼女はどんな想いで死んでいったのだろう。そう考えているうちにあたしの両目から涙がつっと流れた。横から雪子ちゃんのお母さんがハンカチを差し出しながら言う。
「ありがとうね、あの子のために泣いてくれるなんて。あの子の歌は、声は、少なくともあなたの心の中には今でも生きているのね」
 お参りを済ませ、あたしはそのままおいとまする、と雪子ちゃんのお母さんにPDAで告げた。すると彼女は思いがけない事を言った。
「電車とバスを乗り継いでじゃ大変でしょ。それにこれからだとお家に帰りつく頃は暗くなっているでしょうし。だからお家までの車と運転手を用意しておいたわ」
 え?それってひょっとしてタクシー?いえ、お気持ちはありがたいんですけどお……ここからタクシーで家までって言ったら、りょ、料金がその……