ボーカロイドお雪

 それは気にならなかった。あたしが歌を聞いて欲しいのはあの人だけだから。他の人たちにうけたかどうかは正直どうでもいい。
 今日はあの人のお気に召す曲はなかったようだった。オリジナルの持ち歌も尽きてしまったから、今日はこの辺で終わりにしよう。
 あたしがギターと機材を片づけていると、大学生ぐらいのカップルがあたしの傍へ来て話しかけてきた。女の子の方がソンケーの眼差しであたしを見ながら言った。
「きゃー、歌うまいよね。あなた高校生?」
 あたしはジーンズの尻ポケットからPDAを取りだし、あらかじめ入力しておいた文章を呼び出す。
『すいません、あたしは機械を通さないと声が出せないので、これで』
 カップルはきょとんとしている。男の人の方が言う。
「え、でも、今声出して歌ってたじゃ……」
 あたしは喉のスカーフを下にずらし、傷跡と喉に張り付けてあるチップを見せる。そしてチップから伸びているコードがパソコンにつながっているのを指で指し示す。パソコンの画面は暗くなってこういうメッセージが表示されていた。
『バッテリー残量がありません。充電して下さい』
 これは嘘。お雪のしわざ。あたしはさらにPDAに文章を打ち込み二人に見せる。
『あたしは昔事故で声帯をだめにしたんです。この実験用の医療器具を喉につけて、パソコンにつないだ時だけ、声が出せるんです』
 女の子の方が両手で口を覆って泣きそうな声で言った。
「ご、ごめんね……そうとは知らなくて……」
 あたしはにっこり笑ってまたPDAを見せる。
『気にしないで。慣れてるし』
「で、でも、あなたの歌すごくよかったよ。声も、なんていうか、機械仕掛けとは信じられないくらい素敵だったし・・・また、ここで歌うの?」
 あたしはこっくりとうなずいて、またPDAに文章を打つ。
『次がいつになるかは分かりませんけど』
「そう。がんばってね。あたし応援しちゃう!」
「ああ、俺も。また聞きたいな」