お雪の準備が出来た事を確かめて、あたしはギターを弾き始めた。最初の曲はお雪のデータに最初から入っていた「G線上のアリア」、歌詞なしの詠唱。あたしもストリートライブみたいな事するのは生まれて初めてだから、最初は無難なところから。
 アー、アアアー、アアアアアアアーアアー。お雪の声がスピーカーを通して辺りに響き渡る。あたしはそれに合わせて口を動かしながら、ギターの伴奏をする。元がクラシックの曲だから結構押さえるコードが難しい。やっとマスターした頃は左手の指がつりそうになったっけ。
 反応はてきめんだった。公園のそこここにいた人たちが少し驚いたような表情であたしの方を見つめる。
 お雪の声はプロ並みだし、クラシックのバイオリンソロの旋律を詠唱で聞くことなんて普通の人は滅多にないはずだ。それをこんな地方都市の何の変哲もない公園でいきなり聞かされたら、大抵の人は思わず顔を向けるはずだ。
 だけど、あの人だけは違った。いつもと同じように川べりの柵にもたれて空を見上げている。そしてあたしには背を向けたまま。なぜ反応してくれないんだろう?ひょっとしてかなりのクラシック通?この程度じゃ興味を惹かれないのかな?
 歌が終わると公園中の人たちが拍手をしてくれた。でも、あの人だけはすぐに拍手をしなかった。周りが手を叩いているのに気づいてから初めて、おずおずした感じでおざなりに手を叩いた。うーん、これは結構手ごわい!
 G線上のアリアが終わり、今度はあたしの自作の曲。ゆったりしたテンポのフォークソング調の恋の歌。でもあの人はまた背を向けて川べりの柵にもたれて空を見上げている。スローな曲はお好みでない?かな?
 次の曲はロック調のバラード。情熱的な恋の歌。フォークギター一本でやるのはちょっと迫力に欠けるけど、お雪の声がそれをカバーする。澄んだ綺麗な声なのに、けっこうワイルドな味も出せるんだ!あたしはちょっとお雪を見なおした。
 でも、それでも、やっぱりあの人の反応はあまり変わらなかった。歌が終わると拍手はしてくれるけど、あくまで周りにつられて、ちょっと遅れて、という感じ。それにG線上のアリアの時に比べると公園の中の他の人たちの拍手も段々お義理で、って感じになってきた。