ボーカロイドお雪

「どうする?さっそく一曲作る?操作の仕方は手取り足とり教えてあげられるけど?」
 あたしはお雪の申し出を丁重にお断りして、その日はもう寝る事にした。とにかくあたしの常識を超える事態に突然遭遇して完全に頭が混乱している。今夜は曲だの詩だのを書ける状態ではない。
「そう。じゃあ気が向いたらいつでもわたしを起動してね。お待ちしておりますわ、ご主人さま」
 上品ぶった口利く割にはどこかスレた事を言う子だ。どこでこんなセリフ覚えるんだろう。あたしがパソコンの電源を落とそうとした直前、うっすら消えかけていたお雪が急にまたはっきりした画像になってこう訊いてきた。
「お嬢様の方が良かった?」
 あたしは返事をせずに、思いっきり素早くバタンとノートパソコンを閉じた。

 その夜あたしはなかなか寝付けず、何度もベッドの中で寝がえりを打ちながら今日の出来事を思い返していた。暗い部屋の中で天井を見つめながらチラチラと机の上のパソコンに視線が吸い寄せられる。
 あれは現実の出来事だったのだろうか?もしかしたら朝になって目が覚めたら、お雪なんてのはどこにもいなくなっていて・・・
 でもあたしはもう一つの可能性に胸を震わせてもいた。あたしは「声」を手に入れたのかもしれない。もちろんあたし自身の声じゃないけど、あたしの頭の中にあるいくつもの書きかけの歌を、ボーカルの入った曲として人に聞かせる事は可能になったんじゃないかしら?
 そうだとしたら、あたしのギターの伴奏でお雪に歌わせて、YouTube あたりにアップロードしたら……いや、でもそれは違う。あたしが歌を聴いて欲しいのは、あの人だけなのだから…… あの人にあたしの歌を聴かせるには、お雪をどう使えばいいのだろう?パソコンに記録されたお雪の声を聴かせるだけではあたしの存在感は薄い。それはあくまでよく出来たボーカロイドのデータであって、あたし自身の歌声じゃない。何かもう一ひねりしなきゃ……
 そんな事を考えているうちにあたしは眠りに堕ちて行った。