「なにあれ、冷た」

恋千くんが嫌味たっぷりに言う。


「里音、あれが優しいの?
ただの最低男じゃないわけ?」

さらに続けて、聞こえたため息。



「あれでも、すずのこと心配してるんだ。
本当に優しくなかったら、きっと無視を突き通したんじゃないかな」


そう言われて、見上げるように洋館を視界に映す。


心配、してくれてるの?

あたしのこと。



「とりあえず入ろう」


立ちすくんでいると里音に手を引かれ、自由なほうの手で涙を拭った。




洋館に着けば、以前と変わらない景色。

規則的に家事をこなして、他のみんなは好きなことをしてる。



着々と過ぎていく時間だけが、まるですべてを置き去りにするように流れて。



キッチンに立った時、不意に誠を思い出した。



あたしがエシャルに戻る前、誠はあそこのイスに座ってた。

分厚い本を持っていた。

麦茶を飲んでいた。



あぁ、そうだわ。

あの時………