躊躇うわけでもなく、つらそうなわけでもなく、さらっと言う。
本心では、耐えているのかもしれないけれど。
あたしが頷いたのを確認すると、新たに言葉が紡がれた。
「親の顔、知らないんだ。
知ってるのは筆跡だけ」
「……うん」
「家出した日の朝、落とした手帳あったじゃん?
あれ、日記なの。
たぶん、母さんの字だと思う」
「……そっか」
恋千くんは縮こまるように身を丸めて、膝に顎を乗せながら喋っていた。
「他のヤツらの話、どこまで聞いたの?
事情、どこまで知ってる?」
質問に横を向けば、切なげな瞳が揺らぐ。
どうしても、恋千くんが無理をしているように見えてしまう。
「里音と佐久間さんが洋館に来た理由は聞いたわ」
返事をして、目を逸らした彼をじっと見つめたまま。
「ふーん、じゃあちょっと愚痴。
俺、里音が憎い」
「え?」
「親に選んでもらって、一緒に暮らしてたあいつが憎い」
いつもの調子で、またもさらっと言ってのける。


