「きれいな満月・・・」

加奈はぼんやりと月を見上げていた。

夜の公園のベンチに座り、指で空をなぞって月の形を確かめる。

霞んでいく月。

つと、頬を伝う涙。

涙ってこんなに簡単に流れるもの?

「私って、誰だっけ…?」

そんな言葉が、思わず漏れた。



秋も深まってきた月夜。

さすがに上着なしでは冷える。

加奈は、着の身着のままで家を飛び出していた。

頭から何度もかき消そうとしても、よみがえってくる言葉。

「あなたなんか生まなければよかった」

それが母親の言葉だったという事実に、加奈は月を見上げながら、かすかに微笑んだ。



「こんな所にいたんだ」

ふいに声がして振り返ると、瑞樹がいた。

「ま~た、母さんと喧嘩したんでしょ?」

弟の瑞樹にはかなわない。

2つ年下のくせに、なんでもお見通しだ。

「お母さん、私のこと嫌いなんだね…」

瑞樹はそれには答えずに、そっと自分のコートを加奈の肩にかけた。

自分で発した「嫌い」という言葉の響きに加奈は動揺し、傷ついた。

溢れた涙が月夜に照らされ、ぽとり、またぽとりと加奈の冷たくなった膝を濡らした。

「私、男の人に生まれたかったなぁ」


また、一すじの涙が、頬を伝った。