自分の命より、あっちの命が大切だから怖さなんてなかった。
止まったせいか、ガクガク痙攣する足を引きずり、壁伝いに305まで行く。
その扉だけ目張りがされておらず、ドアノブを回せば――ひきつった声みたいな音を軋ませて回る。
扉を開けた。
疲れきって注意力散漫だが、なるべく周囲を見回し、中にはいる。
玄関から伸びる短い廊下。リビングと隔てる襖を開けた。
ホコリが空気と混じり、鼻がむずむずと。
八畳ほどの居間には何もなく、痩(こ)けたような畳だけが生活感を出している。
窓が一つ。
昼間の明かりが入るも日当たりが悪く、気味悪さが残る明暗加減。
「待ってたよ、草」
そうして部屋の隅で僕を迎え入れた汚い声。


