精霊達の棲家

ナースコールを押すのさえ気が引ける。
‘忙しく立ち働く姿’が定番化し、‘ねばならない’に転化、象徴化すると意図して偽装する。‘忙しく立ち働くふり’が常套化する。
何ともこざかしい事ではあるが、それが風潮と化す。
日々この現実を目の当たりにすると、穿(うが)ち見方も強ち誇張とも言い切れぬ。
一方Dはゆとりが感じられる、かといって仕事を疎かにしている訳ではない。
寧ろ適切で懐が深いとでも言えよう。
患者からの要望は助手や補助員にテキパキ振り分け、患者の特性をも簡潔に伝えていた。
応対はゆったりしているが快活、D看護師が担当の日は安心感で満たされる。
Cの如く要望等を聴き受けながら処置は遅く、その間姿を見せない、そして言い訳。
閉塞した入院生活では、看護師等対応者の応対一つで一日が爽やかにも鬱陶しくもなる。
単に‘人員不足’・‘経験不足’や‘スキルの差’で片付けられるものではない。
次に人間(ひと)としての道義にも背く事例を書き記しておく。