『ガァ……アアアッ!』

 声のかすれが進み、ロンドの知っていたヴィバレイの声から遠ざかる。
 濁った苦しみの声が、ロンドの胸を締めつけた。

(……僕にできることは、ヴィバレイ様に安らぎを与えることだけ)

 ロンドは息を深く吸いこみ、祈りを捧げるように柔らかな声で言霊を唱えた。

『天駆ける光の精霊、今ここに、その存在の徴を見せたまえ。光から闇に染まる御霊へ、慈悲の光を与えたまえ』

 倒れたヴィバレイを、薄布を広げたような白銀の淡い光が包む。
 次第に触手は緩慢な動きに変わり、ヴィバレイの顔から力みが抜けた。

 マテリアが顔をわずかにロンドへ向ける。

「ロンド、その法術は?」

「死への恐れを和らげる術です。間もなく死をむかえる者にしか、効果のないものです」

 この術が効いたということは、ヴィバレイは間違いなく死に向かっている。

 恐れは薄まるが、痛みまでは消せない。
 ロンドは息を呑み、覚悟を決めてから口を開いた。

「……マテリア様。どうか――」

「わかってるよ。今、終わらせる」

 マテリアは慎重な足取りでヴィバレイに近づき、顔の正面で立ち止まる。

 そうして右腕を後ろへ大きく引き、動きを止めた。

 次の瞬間、マテリアは全力で拳を突き出し、ヴィバレイの眉間を打った。

 叫び声はなく、鈍い音が辺りに響く。

 ヴィバレイが存在したことも、姿を変えてしまったことも、幻であったかのように。
 床へ落ちた触手や体液もろとも、すべてが塵となって消えた。

 残ったのは、ヴィバレイに送った安らぎの光だけ。
 それも粒となり、一瞬きらめいた後に輝きを失った。